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07 岡沢先生

美術館での絵の見方学ぶ お客さん目線で作品見る

絵描き仲間と岡沢先生(左)と食事をしたことも良き思い出

 南千歳町にあった岡沢絵画研究所の岡沢先生には、美大を目指して通うようになった高校3年生の頃から大変お世話になり、よく面倒を見ていただきました。

 先生の作風は、イラストレーターとなった私とはまったく異なり、ファインアートといった純然たる芸術でした。個性的な、女性の裸の絵を描いていました。先生は先生なりの理論を持って真剣に創作に取り組んでいることは私を含めて周囲に伝わりましたが、先生の独自性を理解できる人が非常に少なかった。そのため、先生の絵はあまり売れなかったようで、保育士の奥さまとの共働きで生活をやりくりしていたようです。

 フリーランスのイラストレーターの仕事も少しずつ軌道に乗っていった20代後半、米国から入ってきた「ポップアート」と呼ばれる絵がはやっていました。鮮やかな色彩表現で描いたマリリン・モンローの肖像画などで知られるアンディ・ウォーホルをはじめ、ジャスパー・ジョーンズ、ロイ・リキテンスタインなどが有名でした。

 ポップアートは色使いが特殊で、非常に目を引くものです。岡沢先生はポップアートにとても興味をお持ちだったようで、東京に来られた際、西武美術館(現セゾン美術館)で開かれていたポップアート展を、私を誘って見に行かれました。

 岡沢先生から学んだことの一つに、美術館における絵の見方があります。1周目はざっと全体を見て気になる絵を覚えておき、2周目にその気になった絵だけをじっくり見るというものです。一点ずつじっくり絵を見るのではなく、まず全体を見るというのです。「すべての絵を丁寧に見る必要はない」と勉強になりました。

 美術館で出会ったポップアート品の中には、私には理解しづらいものも正直ありました。ただ、そういった作品も含めて、活気があって面白いとは感じました。例えば巨大な煙草の吸殻を模したオブジェや巨大なスコップのオブジェなど、身近なものを巨大にして自分の芸術にしているポップアーティストもいました。天井から垂らしてある巨大なロープが、岸壁の係船柱(ビット)にかかっており、どれほど大きな船とつながっているのかと想像するのが楽しかった作品も覚えています。

 ほかにも新聞紙を重ねて立体的にした新聞紙アートがありました。上から見ると新聞紙には見えないような彫刻的な造形をしていますが、横から見ると新聞紙だと分かる不思議な作品でした。さまざまな作品を見るなかで「アートとは理屈抜きで視覚に訴えかけてくるもの」ということを再認識し、アートの本質を学んだ気持ちになりました。こういった作品を、西武美術館や上野の東京都美術館、北の丸公園(千代田区)にある東京国立近代美術館でよく見ました。

 私とはスタイルが異なるため、見た作品がそのまま自分の仕事に生かされたことはありません。ただ、お客さん目線で作品を見られたことは私にとって大切な体験でした。美術館で見た純然たるファインアートは自己表現100%の作品です。一方、私が描く絵はお客さんに納得してもらわないとお金をもらえません。そうやってお客さんを満足させるのがプロのイラストレーターの仕事なんだという気持ちは、当時すでに自分の中にありました。スポンサーの修正の要請に対しては素直に受け入れないとビジネスは成り立ちません。スポンサーの担当者の好みでOKかNGか決まるという、作品の評価がスポンサーの意向に左右される現実の厳しさを嫌というほど経験しました。

 フリーランスのイラストレーターとなって4年後、そのように仕事に必死に取り組んでいた頃、私たち夫婦に双子の息子が生まれました。

 聞き書き・広石健悟


2024年8月31日号掲載

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