カヌーで旅する姿に憧れ 紀行文を読み疑似体験
私が作家の野田知佑さんに深く影響を受けるようになったきっかけは1989年、行きつけの書店でたまたま手にした「日本の川を旅する」というタイトルの野田さんのエッセー集です。
野田さんはカヌーで国内外の川を旅して、その様子を雑誌などに寄稿していました。「日本の川を旅する」には北海道の釧路川や高知県の四万十川などのほか、信濃川(千曲川)も載っていました。
組み立て式のカヌーと食料など旅に必要な物を持ち、電車やバスを利用しながら、上流からカヌーで川を下る—というのが野田さんの旅のスタイルでした。カヌーの前方に乗せて一緒に旅をしていたのが大型犬のガクでした。
ひたすら川を進むというわけではなく、雨の日はテントの中で本を読み、暑い日はキャンピングチェアに座り川の水で足を冷やす。地元のおばあちゃんの肩をもんであげながら世間話をし、夕飯をごちそうになることもあったようです。ほかにもモクズガニというカニを捕まえてゆでて酒のつまみにしていました。
野田さんは海外にも積極的に出かけ、カナダとアラスカを流れるユーコン川を3カ月かけて旅したことも。ユーコン川の上流までチャーターしたセスナ機で向かい、100キログラムの荷物を積んでカヌーで川を下っていくのです。一つ先の村まで200キロもあり、携帯電話のなかった当時、護身用に銃を携帯しながらの旅だったようです。
自分の好きなカヌーに乗って生活しながら生きている野田さんの姿をうらやましく思いました。状況が許すなら私もユーコン川へ行きたかったのですが、もちろん、私には仕事や生活があるので同じことはできません。
大桑村や木曽町に住んでいた子どもの頃、木曽川で遊んだのが私の川の思い出です。当時まだ小学校低学年で、上級生が川で仕掛けを使って魚を捕る姿をうらやましく見ていました。私もやってみたいと思いましたが、川のどこに仕掛ければ魚が捕れるのか当時の私には分かりませんでした。子どもの頃の「遊び足りなかった」という気持ちが大人になっても心の片隅にあったと思います。
野田さんは網を仕掛けてカニを獲るなど、私ができなかったことを楽しんでいるような気がしました。私は野田さんの紀行文を読み、あたかも自分もカヌーの旅をしているかのような疑似体験をしていました。カヌーで生活する様子を書いてお金をもらえるということに驚きました。
同じ頃、山梨県早川町にある「地球元気村」で開催されていたキャンプを含むアウトドアイベントに家族でよく参加していました。かつて野田さんが地球元気村でカヌーを教えていたことを知り、参加すれば野田さんの仲間からカヌーなどアウトドアの遊びを教えてもらえるのではと思ったのです。実際に参加すると、まきで火をおこしたりご飯を炊いたり、そしてカヌーも教えてくれました。
私は本格的にカヌーを始めてみようと思いました。そうしないと野田さんの言葉の意味を本当に理解できないと思ったのです。
聞き書き・広石健悟
2024年9月14日号掲載