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11 「笹舟のカヌー」の絵

3年かけて30点を完成 自然を背景に人は小さく

46歳の時に描いた「初めてのカヌー」

 カヌーで国内外の川を下る旅をしていた作家の野田知佑さんの生きざまに憧れ、野田さんをモデルにした絵を描こうと思い立った私。当時、野田さんのカヌー旅行の様子は専属カメラマンが撮った写真で伝えられていました。

 「写真と同じくリアルな描写をしても面白くない」と考えた私は、「野田さんが見る大自然の世界と、自分が思い描くファンタジーの世界を重ね合わせたい」と思いました。

 最初に描いた4点の「初めてのカヌー」「赤いスイレン」「雲海」「道草をくいながら」は私が実際に見た景色や想像の景色を背景に描きました。

 「初めてのカヌー」は、野田さんと愛犬ガクが笹舟に乗って田んぼの用水路を下っているという絵です。姉が暮らす中野市の家の近くにある用水路を基に描きました。

 「雲海」は、雲海の上を、笹舟に乗って野田さんとガクが青森県の岩木山を目指して旅するという構図です。私は、カヌーの旅で実際に岩木山に雲海がかかっているのを見たことはありませんでしたが、雲海の上をカヌーで旅ができたら面白いだろうなと想像して描きました。

 現在の私の作風につながる「自然を背景に人は小さく描く」というスタイルはこの頃出来上がりました。どうしてこうしたスタイルにたどり着いたのか聞かれることがありますが、子どもの頃に「一寸法師」や「ジャックと豆の木」を読んだ時、物語の世界観が子ども心に面白いと思ったことが要因だと考えています。

 小学生の頃住んだ大桑村で、学校帰りに友達と笹舟を作って用水路に流してよく遊んでいました。そこからヒントを得てカヌーを笹舟にしたら面白いのでは—と考えたのです。

 野田さんをモデルにした絵を描き始めたのは46歳の時。後に絵本「笹舟のカヌー」に収録する30点の最後の絵が完成したのは49歳の時でした。広告のイラストを描く仕事をしながらのことだったので3年かかりました。途中くじけそうになったことは全くありませんでした。目標を持った人間ほど強いものはいないなと、われながら実感したものです。

 バブル崩壊後、広告代理店の仕事が減る中、野田さんをモデルにした絵の個展を開くという目標に全精力を傾けました。その時間は本当に充実していました。

 個展開催は、誰かから依頼を受けてのことではなく、自分の一方的な構想です。作品を描いてもすぐに売れるものではありません。夢中になって描いていたので正直、お金のことはあまり考えていませんでした。

 一方で、うまく実現できなければ、イラストレーターを辞めざるを得ないかもしれないという思いが心の片隅にありました。でも、先の事をいくら心配しても仕方ない、本当に辞めることになったら、その後のことはその時考えればいい、生きていくすべはいくらでもある—と思っていました。

 私は普段からこのような考え方をよくします。妻は大きな不安を抱えていたかもしれません。しかし、何も言わず私のことを見守り、私に付いてきてくれた妻には本当に感謝しています。

 もともと、野田さんの許可を得ずに勝手に描き始めた絵でしたが、幸いにも野田さん本人と共著で絵本を出版することになりました。その詳しい経緯は次回お話しします。 

 聞き書き・広石健悟


2024年9月28日号掲載

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