想像を働かせ描いた絵と 子どもがわくわくする文
2004年秋、「イルカのトリトン」という絵本を出版しました。東京・晴海を舞台に、架空のイルカ「トリトン」が子どもたちを連れて海を旅して、やがて東京湾に戻って来るという物語です。この作品は絵だけでなく文章も私が書きました。
晴海には「トリトンスクエア」という再開発された街があります。そこには3棟の背の高いオフィスビルのほかに、ショッピングエリアや居住区(マンション)もありました。「イルカのトリトン」はトリトンスクエアPRのために企画された絵本でした。
この絵本を作るきっかけは、この連載で以前書いた、大学生時代に亡くなった静岡の友人と関係があります。私は、初著書「笹舟のカヌー」を、亡くなった友人のお母さんに送りました。たまたまそれを目にした友人の姉の夫である石川唯夫さんが私の作品を気に入ってくれました。石川さんは当時、晴海の開発に関係する会社の社長をしていました。
ある日、広告代理店から「石川さんが、藤岡さんに絵本を描いてほしいと思っている」というメールをもらいました。
「イルカの案内で、子どもたちが海のことを知っていく物語にしてはどうですか」と私が提案すると、そのまま受け入れられました。石川さんは私の作品の世界観を気に入ってくれていたので、注文をつけるつもりがなかったのかもしれません。
絵本を作るのは本当に楽しい仕事です。想像を働かせて絵を描き、そこに子どもたちがわくわくするような文章を付けます。私にとってファンタジーの絵は描きやすく、文章で悩むこともあまりありませんでした。それでも制作途中の段階で、紙に鉛筆で絵を描いたスケッチと文章を石川さんや編集者に確認してもらう時は緊張しました。「だめだと言われたらどうしよう」という心配が常にあり、両者から「これでいいと思います」と言われた時の安心した気持ちはよく覚えています。
「イルカのトリトン」の中で、子どもたちが海底に住む人魚を訪ね、お土産に真珠をもらってくるというシーンがあります。そのシーンでは、人魚が大きな貝殻に座っているのですが、このシーンを模したイルミネーションイベントが、出版直後に晴海トリトンで開催されました。1週間ほど私の展覧会も開催させてもらいました。
展覧会では、歌手の白井貴子さんが私の絵本を朗読してくれました。私の絵を買ってくれた人がいて、中には「これから身内の葬儀のお礼に行くのですが、参列者へのお礼に藤岡さんの絵を持っていきます」という人もいました。
この仕事をきっかけに、晴海にある幼稚園の園児の保護者から「卒園記念に藤岡さんの絵をプリントしたマグカップを作りたい」という依頼をいただきました。
私の仕事は、いつも人とのご縁が元になり、どこからかやってくるということが多い気がします。
聞き書き・広石健悟
2024年11月9日号掲載