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19 美術を教える

上手・下手でなく 楽しく アートの本質的な力 確信

三本柳小学校での特別授業

 作家活動をしているうちに、学校での特別授業を依頼されるようになりました。長く続いたのは地元の信里小学校での年に1度の授業です。10年ほど、全学年の児童たちに美術の授業をしました。ほかにも、七二会小、三本柳小、信濃町小中学校などで単発的に特別授業を行いました。

 「とにかく楽しかったという経験をしてほしい」と思い、毎回見本の作品を作るなど準備をして挑みました。大学生の時の教育実習以外、教室で美術を教えたことはないので、自分の思う通りに児童が楽しんでくれるかどうか心配で、毎回プレッシャーを感じて授業に臨みました。

 そういった単発的な特別授業とは別に、上田女子短期大学では2000年から2年間、幼児教育科の美術の非常勤講師をやらせていただきました。1日数回に分けた授業で、合計100人余りの学生を教えました。大部分の学生は、美術に対して苦手意識を持っているようでした。

 一般的に大部分の大人は美術に対してそういう反応を示すので、学生たちの感性も意外ではありませんでした。子どもの頃からいろいろなきっかけで自分は絵が下手だと思い、絵が嫌いになって、さらに美術への苦手意識が生まれてしまうのです。

 そこで、上手・下手ではなく、自由に楽しく描けて、その人独自の表現ができる手法の授業にしようと思いました。毎回「さあ、今日も楽しくアートしましょう!」という声掛けから授業をスタートしました。例えば、おしゃれ盛りの女の子たちなので、持っている口紅やアイシャドーなどのメーク用品で色を付けてもらい、彼女たちの日常の延長の体験としての絵を感じてもらいました。また、雑誌の写真を切り抜いて組み合わせるコラージュをしました。

 人の顔を描くのは大変でも、コラージュであれば、切り抜いて貼り付ければすぐに人の顔ができてしまうわけで、自分なりのイメージをたやすく表現できます。

 何かを見て描くというような授業はほとんど行いませんでした。いわゆる描写をしなくても美術的な体験はでき、その人の感性を生かす表現はいくらでもできるからです。

 授業を重ねるにつれ、学生たちがとても楽しんでいることを感じるようになりました。出来上がり、提出してもらった全ての作品の裏に、その作品の優れている点について感想を書いて本人に返しました。「自分の感性のまま表現していいんだ」と安心して伸び伸び表現する楽しみを体験してもらえるように言葉掛けを大切にしました。学生が楽しむほど良い作品ができました。私も驚くような面白いアイデアが出ることもあり、最初の頃はぎこちなかった学生たちの変化を目の当たりするのは楽しくやりがいがありました。

 しかし教える仕事と自分の作家活動の両立は難しいことでした。毎回100人以上の作品全てに真剣にコメントを書いていくことは、かなりのエネルギーを使います。変わらず個展を開催したり、グループ展に出品したりしていましたが、発表しないデッサンなど日々の作品数が激減してしまいました。制作を優先し、2年で非常勤講師を辞めました。

 小中学生にも女子大生にも、描写的ではない同じ手法の授業をすると、それぞれの年齢なりに魅力的な作品が出来上がってきます。児童・生徒を見守っている担任の先生も、楽しそうな生徒の様子を見てご自分も参加されたり、授業を見学していた保護者の皆さんがお子さんと一緒に楽しそうに作り始めるといったこともありました。

 特別授業では毎回プレッシャーを感じるのですが、始まる前のプレッシャーは結局いつも杞憂に終わります。私の予想以上にみんなが楽しむ様子を体験すると、アートの持つ本質的な力を確信するのです。

 聞き書き・松井明子


2023年10月14日号掲載

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