未知のワインとの出合い 「もっと勉強を」気持ち新た
私は街を歩き、気になった飲食店があればよくふらっと立ち寄ります。
1990年に行われた日本ソムリエ協会の2回目の欧州見学ツアーで、フランスとスペインに行きました。ピレネー山脈の麓、フランスとスペインに挟まれた位置に「アンドラ」という小さな独立公国があります。南フランスからスペインに向かう途中、アンドラ公国に入り、一泊しました。
夜、食事をとろうと一人で外出し、あるレストランにふらっと入りました。店内にいたのは地元の人だけ。外国人はほとんど訪れないような感じで、日本人は見たこともないというような視線が私に一斉に集中しました。緊張しましたが、「食事だけで、長時間いるわけではないから」と自分に言い聞かせて席に着きました。
メニューはフランス語でもスペイン語でもなく、バスク地方特有のバスク語でした。ソムリエは料理も勉強しているので、たとえ欧州の田舎町でもフランス語や英語のメニューなら何となく料理の内容をイメージできるものですが、この時ばかりはメニューが理解できず頭の中が真っ白になりました。途方に暮れていると、中学生ぐらいの少女が私の前に来て英語で「何を食べたいの」と聞いてきました。私はほっとして「地元の料理を軽く食べたい」と答えると、羊の煮込み料理、スープ、パンを出してくれました。こうして、無事食事ができ、その後、地元の人と大にぎわいで飲食をするのですが…。
スペインの産地を回り、再びフランスに戻ると、また同じようなことがありました。ポーという町に入り、食事をしようとレストランを探していました。1週間以上、欧州を回っていたので日本食が恋しくなりました。日本食はありませんでしたが、中華料理店風のたたずまいの店があったので、「ギョーザやラーメンでも」と入りました。しかし、ベトナム人の店主が書いた独特のフランス語のメニューを見てもどのような料理なのか想像もつきませんでした。会話も通じず困り果てた末、適当に「これとこれ」とメニューを指さしました。出てきたのは2種類のラーメンでした。
私は好奇心が旺盛な方で、田舎町でローカル料理を食べたいと思い、ふらっとレストランに入るものですから、ちょっとしたハプニングに遭う運命なのかもしれません。
だからこそでしょうか、意外な「当たり」と出合うこともあります。ポーの中華料理店でオーダーした白ワインがそうでした。飲んでみるとフレッシュで新鮮そのもの。目の覚めるような味わいに驚きました。価格も日本円で400円ほどとリーズナブル。後で調べて分かったことですが、「コート・ド・ガスコーニュ」という銘柄で、アルマニャックという高級なフレンチブランデーと同じブドウ品種を使って醸造する白ワインでした。当時まだ日本には出回っておらず、私はこの店で初めて飲みました。
この頃はまだ高野総本店ではワインを輸入する余力はありませんでしたが、「近い将来、ぜひこのワインを輸入したい」と思いました。この7、8年後に念願かなって何度か輸入でき、大変好評でした。
欧州などに行くと、不意に立ち寄ったレストランで知らないワインに出合うことは少なくありません。ソムリエになって「得意顔」になりつつあった私を、「まだ知らないワインがたくさんある。勉強しなければ」と、ソムリエとしての気持ちを新たにしてくれた体験でした。
聞き書き・斉藤茂明
2022年10月1日号掲載