客のワイン選択を褒める ソムリエの本分を知る
1995年ごろ、私が主宰する「ワインを楽しむ会」のワイナリー見学ツアーで、フランスの老舗高級ホテル「リッツ・パリ」を訪れた時、「本物」のソムリエについて考えさせられる出来事がありました。
フランスのワインコンテストで1位を取ったというソムリエが講師を務める有料のワイン講座があり、会員と共に参加しました。その日のテーマは「シャンパン」。会員は熱心に聞いていましたが、私は知っていることも多かったので途中で居眠りをしてしまいました。講義の後はテイスティングです。私は、目の前のシャンパングラスに注がれたシャンパンをひと口飲んだ瞬間、「あれ、このシャンパン少し変だぞ」と思いました。
ワインは保管方法が悪いと劣化します。私はシャンパンに少し劣化を感じたのです。私は講師のソムリエに「これは品質的に少し問題があると思いますが、どうでしょう」と聞くと、講師は私をにらみました。講座では居眠りをしていた男から難癖をつけられたと思ったのでしょうか。ソムリエは「いや、おかしくない」と突っぱねました。その場の雰囲気が凍りついたのを察した私は、「そうですか」とその場を収めました。
シャンパンが劣化していたかどうか真実は分かりませんが、この講座はホテルが参加料を取って開いていたものですから、ホテル側のソムリエはこの時、「そうですか。念のため調べておきます」などと答えるのが「本物」のソムリエではないかと私は思いました。特にリッツクラスのソムリエなら上手に対応するべきだろうと思いました。
パリの「タユバン」という、ミシュランの星付きレストランのマネジャーは、ソムリエではないものの、「パリで一番ワインを売る人」と評判でした。
私がタユバンで、一番安いワインを注文した時、マネジャーは、「手頃な価格のワインは多くの人が飲むので、コストパフォーマンスを研究し尽くしました。それを注文するのは素晴らしい」と言うのです。「良いワインですよ、安いからといって気後れすることはないですよ」と言っているのだと察しました。翌日は6千円ほどのワインを注文しました。今度は「価格の倍以上の質を持った業界注目のワインです」と説明しました。
別の日に3万円クラスのワインを頼むと、マネジャーはこう言いました。「このワインの栓を抜く日に出合えて幸せです。フランスの歴史に残るようなワインを選択するとは素晴らしい」
価格にかかわらず「あなたの選択は素晴らしい」と褒めてくれたのです。私は、はっとしました。どれだけワインを知っているかだけではなく、お客の気持ちをさっとすくうような言動が大切なのだと気付いたのです。
ソムリエになり、コンクールで賞を取ったりすると「私はすごい」と「天狗」になる人がいます。タユバンのマネジャーは、「パリ一ワインを売る人」として有名になっても気取らずお客の気持ちを読み、寄り添うようなサービスに徹していました。マネジャーは、お薦めワインを尋ねられても「私のお薦めはこれです」と断定せず、数点ピックアップしてそれぞれに説明を加え、お客に選択肢を与えます。お客が選んだワインは値段にかかわらず「これはこういう点で素晴らしい」と褒めるのです。ワインの知識は大切ですが、「お客を喜ばせる」という、サービス業としてのソムリエの仕事とは何かという問いに気付かせてくれました。
聞き書き・斉藤茂明
2022年10月8日号掲載