「これはすごい」と思わせる 「尊敬」体験が仕事には必要
大手スーパー「イオン」のアドバイザーである私は、リカー売り場の社員教育で気付かされることがあります。
イオンは、「メアリー・スチュアート」という、とても質の高いシャンパンを輸入していますが、陳列しているだけでは思うように売れませんでした。そこで昨年、リカー売り場にいるソムリエ資格を持つ社員が接客で「メアリー・スチュアート」の魅力を伝える販売戦略を立てました。最も多く売り上げたのが新居浜店(愛媛県)で、1カ月に120本。最も少なかった店の40倍でした。この数字に驚いた私は、新居浜店で佐々木ソムリエの接客を見学しました。
従来は、「いらっしゃいませ。何かお探しですか」とお客さまに声をかけ、要望に沿ったワインを勧めるのが一般的なマニュアルですが、これだとお客さまは「逃げる」傾向にありました。佐々木ソムリエは、「こんにちは。今ご覧のワインはチリ産で、こんな特徴があります。こんな料理と合います」と、具体的な説明から始めたり、家族連れには「お嬢ちゃん、何歳? お名前は?」と、子どもと仲良くなってから親と話したり、臨機応変に接客をしていました。
イオンには120人のソムリエがいます。このような「しなやか」な接客を行い、さらに、ワインを買ったお客さまに「お買い求めいただいたワインの感想をお聞かせください」と声かけもすると、約9割のお客さまが次回来店時にソムリエに感想を伝えてくれます。そして「今日も」という気持ちになるのです。
スーパーは販売数アップのためによく値下げをします。しかし、これはその場限りの「感謝」であり、ほかにもっと安い店があると簡単に移ってしまいます。佐々木ソムリエの接客では、会計後に、「いい話を聞かせてもらいました。また教えてください」とわざわざ伝えに来るお客さまもいました。これは、人格や能力への評価・信頼、「尊敬」にほかならず、リピーターにつながります。
小売業ではレジや陳列などの機械化・自動化がますます進むでしょうが、少し高額な物は人が説明してあげないと売れません。その際に求められるのが「尊敬」される接客だと思います。
最近、給料も福利厚生も良く、安定した会社なのに、何となくつまらないと転職するケースが増えているようです。先輩社員が「あれだけ親切に教えたのに辞めた」とか「ライバル会社に移った」と愚痴をこぼすのは、会社内に尊敬できる人がいないのが一つの理由だと思います。
「親切にしてあげる」というのは、裏に「これだけやっているのだから『感謝されたい』」という思いが見え隠れしている気がします。「何かをしてやった」「してもらった」という思いの中での「感謝」は表面的で、その場限りになりがちです。はっとするような「尊敬」体験は心に響き、尊敬する人を手本にして仕事に打ち込みます。「感謝」は大切ですが、十分ではなく、「これはすごい」と思わせる「尊敬」体験が仕事では必要だと思うに至りました。
「感謝(の質)」と「尊敬」の違いを考えながら仕事をする…。新居浜店での接客を見て、改めて私が携わってきた仕事を振り返り、たどり着いた仕事術です。それは、若いソムリエに教え、高野総本店の社長として心がけていることです。
聞き書き・斉藤茂明
2022年10月22日号掲載