ワイン造りは情熱に加え クールな経営者の姿勢を
若い頃、私はワインに魅せられ、ワインを広める活動をしてきました。ワインファンを増やすため「ワインを楽しむ会」を主宰し、長野県原産地呼称管理制度の創設では、「NAGANO WINE」のブランド化に力を注ぎました。ワインブドウの栽培適地として長野県を全国にPRし、ワイナリー経営を目指す人を県外から呼び込みました。ワインの産地化への道のりは順調でしたが最近、危機感を募らせています。
近年、ワイナリー立ち上げを目指す人の多くは、都会での会社勤めを辞めて移住してきた人で、2、3年の修業・研修を経て独立します。この「脱サラして挑み、造り上げたワイン」を、お酒の専門誌がワインをPRしようと「褒める」記事で紹介します。ワインの品質を安定させるには10年以上かかります。3年で評価するのは早過ぎます。
専門誌に載ると全国の酒販店やレストランから注文が入ります。当初の生産量は年600本ほどなのですぐに売り切れ、「幻のワイン」に「化け」、希少価値から1本4千円ほどの価格がつきます。品質のみで判断すると千円のチリワインの方がおいしく、スーパーで最も売れているのも千円台です。立ち上げから5年、10年たち、年3千本と生産量が安定しますが、「幻」ではなくなり、4千円では売れず、大量の在庫を抱えてしまいます。千円台に値下げすれば、販売本数を増やすために取引先の新規開拓が必要ですが、流通業の知識とかなりの営業力がなければ難しいでしょう。
金融機関は、右肩上がりのワイン人気を見込み、経営プランや貸付金の返済計画が甘くてもワイナリー立ち上げには融資しますが、融資後のフォローはあまりしません。時々訪問して経営状況の聞き取りはするべきでしょう。行政も、ワイナリー経営を夢見る移住者は人口減少対策や遊休農地活用の観点から歓迎します。
私はこうした現状を危惧しています。ワインブドウの栽培を始めるにあたって、失敗のリスクを減らすため、十分な自己資金を用意した上で、まず「どこに、誰に」売るかという「販路」の獲得の方法、流通の仕組み、返済計画の立て方、金融機関との付き合い方なども学び、ワイン造りへの情熱とともに、経営者としてクールな姿勢を持つことを訴えています。
県内のワイナリーは60軒以上に膨れ上がりました。まずはこの60軒をどう育てていくか。注目したのがスイスの事例です。
スイスは、国を挙げて観光地で自国のワインを優先的に売るようにしており、8割以上がスイスワイン。国内観光地での消費がスイスワインを下支えしています。日本でも観光業者、飲食店業界が一体となって「日本産ワイン」中心のメニューに書き換えるべきでしょう。また、スイスはワイナリー巡りができるサイクリングコースを設定し、観光客が自転車でワイナリーに立ち寄り、ワインを買っていけるよう、観光とワイナリーが連携しています。これが長野県でもできるなら将来は暗くありません。
県内各地に散在するワイナリーを統合、コストダウンをし、3千円台と、買いやすい千円台のワインの2本立てで大量販売できるようにしたり、私たちソムリエがワインの楽しさやおいしさを伝えたりする努力も必要でしょう。ワインに関わる全ての人たちが一緒になって考える時期です。
聞き書き・斉藤茂明
2022年10月29日号掲載