官民に素晴らしい人材 本当の「成功」「幸せ」心の中に
1990年ごろ、英国王立園芸協会が運営する庭園「ウィズリーガーデン」から三水村(現飯綱町)に英国産のリンゴの苗木17種が贈られ、植樹祭を行いました。私の友人を介して園芸協会の責任者と、三水村長名で直接手紙のやり取りをして、「三水村はリンゴの村なので、英国の珍しいリンゴを寄贈していただけないか」と交渉し、リンゴの苗木を無償でいただけることになったのです。
「サンクゼールの丘」の南西にある「いいづなアップルミュージアム」の「ニュートンりんご並木」に大きく実ったリンゴを見ることができます。飯綱町では、町が主導して英国品種のブラムリーなどのリンゴを町内に広めていて、町内のリンゴ農家の皆さんも育てるようになりました。私たちも町から商品開発の協力を要請され、2011年に「いいづなシードル ブラムリー&ふじ」を完成させました。ブラムリーは酸味が強く苦味もあり、加工に適しています。すごく人気が出て、サンクゼールの隠れたヒット商品の一つになりました。
後日談になりますが、リンゴを介した交流の恩人である園芸協会の当時の責任者の方と連絡が取れ、2012年にアップルミュージアムの藤沢学芸員(当時)と弊社スタッフ2人が英国を訪れた際にシードルをお届けしたら、大変喜ばれました。寄贈してもらったリンゴが年月を経て製品化され英国に届けられるほどになるとは、植樹当時は考えもしませんでした。あれから30年、ご縁があって私と村がまいた国際交流の種が、今このようなかたちで花開いて実っているのはすごくうれしいことです。
2018年の頸椎の手術後、2年ほどは背中がパンパンに張り、痛み止めを飲んでいましたが、今、後遺症はありません。コロナ禍が収束したら、また海外旅行に行きたい。米国に行ったら、直樹やスタッフの皆さんと、バーベキューでもしながらいろいろな話を聞いてみたい。スポーツももう少し楽しみたいです。
良太の家族とは、週1回はぶどうの丘チャペルで礼拝後に、わが家で一緒に夕食をとり交流しています。会社の話もしながら、家族の時間を大切にしています。まゆみさんは毎週孫たちのために料理をするのを楽しんでいて、私も孫たちからはすごく元気をもらっています。
日米の役員、幹部、スタッフの皆さんは非常に優秀で活躍しています。サンクゼールを通してより良い人生を送ってほしいという気持ちです。現役の時は気持ちに余裕がありませんでしたが、社長を引退してからは、人の悩みを聞く時間を持つ余裕ができるようになりました。
悩みを持った若い人たちがときどき私のもとを訪ねてくるので、そんなときは励ましています。何か声を掛けることで勇気づけられたり、慰められたりするのであれば、私にそういう役割もあるでしょう。皆さんに家族と仲良くしてほしいし、仕事も頑張ってもらってキャリアを高めてほしい。サンクゼールと関わりを持って良かったと、少しでも思ってもらえる会社でありたいと思っています。
ワイナリー、芝生広場、ブドウ畑、ショップ、レストラン、チャペルを含めて、お客さまの体験の場である飯綱町の「サンクゼールの丘」全体を私たちは、サンクゼールの本拠地であり神聖な場所という意味で「サンクチュアリ」と呼んでいます。将来的には、信濃町の「サンクゼールの森」も第2のサンクチュアリのように位置づけ、企業内保育所や、食育や農業体験の場にもしていきたい。働くスタッフたちが疲れたときに森の中を散歩したり、いずれは一般のお客さまにご案内したいと思います。
いつ倒産してもおかしくなかった時期もありましたが、奇跡のような「アップルジャムミラクル」で、ここまで続けることができました。
野尻湖、白馬、志賀高原などに、青春をかけて打ち込んだスキーの合宿や大会で訪れたことをきっかけに、斑尾でペンションを始めました。長野を拠点にしたから出会えた人がたくさんいます。県内には経営者をはじめ、官民に素晴らしい人材がいて、アドバイスをいただいたり、叱咤(しった)激励されたりしながら多くのことを学んでいます。
信州の素晴らしい景色、空気、素材—全てに無限の可能性を感じています。海外の国々を見てきたからこそ、この地域が世界に誇れる場所だということを誰よりも感じています。お金はないよりは多少あった方がいいと思いますが、一口に「成功」「幸せ」と言っても、何をもってそう捉えるか、いろいろな尺度があります。これからも、家族同士が互いにリスペクトし合い、スタッフとも仲良くコミュニケーションを取り、社会的な活動の支援もしていきたい。本当の成功、幸せというのは、自分自身の心の中にあると思っています。
聞き書き・松井明子
久世良三さんのシリーズはおわり
2021年9月4日号掲載