子どもの頃に「だるま落とし」の玩具で遊んだことはありますか。
だるまの下に数段重ねた積み木を木づちで横から打ち抜くと、上に乗った積み木やだるまは横にずれることなく、そのまま下に落ちます。そうなるのは慣性の法則が働くからです。静止状態の物質は、慣性によりその場にとどまろうとします。
人間も一つの状態にとどまろうとする性質があります。原因は「現状維持バイアス」による心理的影響です。これは、未知なもの、未体験のものを受け入れず、現状を保とうとすることによって、新たな取り組みによる損失を無意識に避けようとするのです。
これは前回取り上げた「損失回避」に関連しています。損失回避は、得してうれしさを味わうよりも損を避けたい気持ちの方が強くなる心理です。損得の金額が同じ場合、損して感じる悲しさは、得して感じるうれしさの2倍以上といいます。
例えば、転職を誘われた会社員が、転職した場合に年収は100万円上がる可能性と100万円下がる可能性が五分五分だといわれました。年収が100万円上がればうれしいですが、100万円下がったときに味わう悲しみは、うれしさの2倍以上です。結局、転職はせずに、現状の年収を維持する選択をするのです。
現状維持バイアスは、日常生活でも働きます。例えば、レストランで選択できるメニューがたくさんあるのに、いつも以前食べたことのある料理を選ぶ人がいます。また、飲みに行く店はいつも同じという人もいます。
これらは現状維持バイアスの影響です。人が同じ行動を繰り返すのは、必ずしもその人が保守的だから、または臆病だからとも限りません。ある面、これは無意識のリスク回避なのです。
ただし現実の社会では「行動しないことのリスク」も要注意です。過剰な現状維持バイアスの影響で転職しなかったことで後々、会社の業績悪化のリスクを受け、不幸な人生を味わうこともあります。
そんな状況を避けるには心理的バイアスに危険性があることを認識すべきです。また、自分がバイアスに影響され過ぎていないかと自問する習慣は良い判断と結果につながることも知っておくと良いでしょう。
(マーケティングコンサルタント)
(2021年4月17日号掲載)