飯綱町の野口雅弘さんら、自宅前の3千平方メートルで「実証実験」
里山の風景残したい
羊を利用した耕作放棄地の雑草除去に乗り出した人たちがいる。飯綱町に住む野口雅弘さん(66)らだ。地区名の東原と羊の頭文字をとり「プロジェクトH」と名付け、野口さんの自宅前にある約3000平方メートルの田んぼで行われている。同町普光寺にある耕作放棄地を借りるなどして羊約40頭を放牧・飼育している知り合いの北沢京子さん=中野市=からサフォーク種の羊2頭を借りた。取り組みの活力の源は、大好きな里山の風景を残したいという強い思いだ。開始から約2カ月がたった9月終わりには2000平方メートルほどを除草し、今年の作業を終えた。
野口さんは東京都出身。都内でアパレル会社を経営していたが、2人の子どもが就職・結婚して自立したのを機に、会社を売却して8年前に妻の美佐子さん(55)と移住した。2人とも登山が趣味だったことから、山の近くに住みたいと長野県と山梨県で探すうち、手頃な値段だった空き家と、目の前に田んぼが広がる里山の風景に魅せられ、決めた。
お気に入りの景色だったが今年、自宅前にある3枚の田んぼが耕作されず、雑草が背丈ほどにまで伸びた。近くに住む田んぼの持ち主が高齢になり、農作業ができなくなったためだ。野口さんは田んぼの持ち主を訪れ、雑草を食べる羊を放牧して環境に配慮した除草をしたいと提案し、許可を得た。この時点では「ひっそり始めようと思っていた」と笑う野口さん。隣に住むリンゴ農家の小山良実さん(68)に相談すると、地区の約35軒に呼び掛け、説明会などを開いてくれた。
当初は衛生面や鳴き声などの騒音、羊が逃げ出さないか、リンゴの消毒は羊に害にならないか…といった心配の声が上がったが、近くの獣医師にアドバイスをもらったり、電気柵で放牧する田んぼを囲むなど、一つ一つ対策をすることで、賛成を得た。「小山良実さんには本当にお世話になった」と野口さん。小山さんは「ここは地区のほぼ中央。雑草が伸びたままの耕作放棄地になるのは寂しいし、農地としての再生が難しくなってしまう。頑張っている人を応援したかった」と話す。
珍しさから、近所の人たちの集いの場にもなり、夏休みには子どもや親子連れが羊を見に訪れるなど、思わぬ「成果」もあった。見学者らが餌として野菜や果物を与え過ぎたため一時、雑草を食べなくなったこともあったが、与える餌の量を決めたことで、また雑草を食べるようになったという。
地元猟友会に入っている野口さんは、狩猟区域に近い場所で羊を放牧していた北沢さんと2年ほど前に知り合った。北沢さんの放牧地で増え続ける羊をどうするかが課題になった際に、食肉やムートン(羊の毛皮)に加工するように北沢さんを説得した。協力して加工作業を進めるうちに、雑草を食べる羊を見て、自宅前の耕作放棄地の除草に利用することを思いついた。今回のプロジェクトが順調に進めば、雑草に悩む人に羊を貸し出したい考えだ。
野口さんと小山さんは「増え続ける耕作放棄地は近い将来、大きな問題になる。今回の取り組みは『実証実験』。農地や景観保全の面で成果を上げれば、こうした取り組みが広がっていくのでは」と期待する。
記事・写真 斉藤茂明
2024年10月12日号フロント