私の歩み– category –
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私の歩み
25 昭和100年
やりたいことが次々と 「精神百倍」心がけ 頑張る 平成令和 なんちゃって横丁 昭和の日 昭和百年 何年たっても昭和の日 この2句は、僕が佐久市の文芸誌「佐久文学 」に、「昭和100年」をテーマに投稿し、6月に掲載された10句のうちの2句です。俳句とも... -
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24 中馬清福さん(下)
信州を愛し信州人の考え 理想に寄り添った9年間 前回に続き、中馬清福さんの話です。2005年から14年まで信濃毎日新聞主筆を務めた中馬さんが信毎1面に連載していた「考」の45回目(07年1月1日付)の「なぜ賢人は楽天的なのか 絶望は何も生まない」で... -
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23 中馬清福さん(上)
「大逆事件」についての講演 依頼したもののかなわず アンズの花見の時、「杏の里板画館」で参加者らと談笑する中馬さん(右端)=2010年4月 信濃毎日新聞の主筆を務められた中馬清福さん(1935〜2014年)には、いろいろな場面で一緒になり、お付き合い... -
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22 千曲市議に
ポスターは自分で彫った板画 作務衣姿の議会活動に批判 2003年9月、更埴市と埴科郡戸倉町、更級郡上山田町が合併して千曲市が誕生しました。「平成の大合併」の長野県第1号です。合併により1市2町の首長は失職しますが、議員は「在任特例」で1年8カ月任... -
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21 姨捨俳句大賞
「句集大賞」のアイデア採用 2回で終了もったいない 姨捨俳句大賞の表彰式。左から島田牙城さん、仲寒蝉さん、小沢實さん、筑紫磐井さん、以降は入選者=2017年9月 千曲市の姨捨は、松尾芭蕉をはじめ多くの文人墨客が訪れた文学と名月の里です。千曲市... -
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20 大島博光さん
面識ないが詩作通じて接点 詩作は安らぎであり遊び 大島博光さんが亡くなり、大島博光記念館に集まった長野詩人会議関係者ら。左が私。隣は大島さんの詩友、故小熊忠二さん=2006年3月 長野市松代町出身の詩人で仏文学者、翻訳者の大島博光(はっこう)さ... -
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19 信州白樺派教育
人を育てることに協力 教育の精神受け継がれて 小林多津衛先生(中央奥)を囲んで森のアンズの花見会(後列右が長谷川健さん)=1998年ごろ 民芸の関係で大変お世話になった小林多津衛先生はまさに白樺派教育の実践者でした。白樺派教育は、武者小路実... -
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18 千曲市民100年の会
大逆事件とは何だったのか 新村兄弟 正しく理解を 発足した頃の千曲市民100年の会のメンバー。前列右から3人目が私 1910(明治43)年から11年にかけて、爆弾による明治天皇暗殺を企てたとする容疑で幸徳秋水ら多数の社会主義者らが逮捕、処刑された「... -
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17 千曲アート協会
千曲市に美術館を造ろう 5年ほど活動したが解散 美術館開設を目指して千曲アート協会が作ったパンフレット 終戦直後の1946(昭和21)年、屋代町(現千曲市)で「白炎社展」という美術展が開かれました。戦後の県内で最も早い芸術文化運動の一つと言える... -
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16 種田山頭火
依頼受け展覧会用に冊子 生命力の象徴女性を描く 稲垣恒夫さんが、佐久市の鼻顔稲荷神社(はなづらいなりじんじゃ)に山頭火の句碑を建てた時に撮った写真。左から稲垣さん、御代田町の「浅間縄文ミュージアム」の堤隆元館長、そして私 托鉢しながら全...
