01 美容一筋50年

「はさみ一丁で世界へ」挑戦 「ナガコレ」で長野を元気に

「ALPHA SALIDA」店(稲里)でカットする杉山さん

 あでやかに着飾った着物姿のモデル100人が美容師にヘアセットしてもらい、長野市の中心市街地を練り歩く—。2015年に始まった「ナガノコレクション(ナガコレ)」は、県内の美容師や美容業界を目指す学生らが手掛けるヘアショーイベントです。私は発起人として2013年に実行委員会を立ち上げ、実行委員長を務めました。「ナガコレ」は年1回開き、昨年は新型コロナの影響で中止しましたが、今年6回目を迎えることができました。

 「ナガコレ」のコンセプトは、「美容の力で長野を元気に」です。パリやミラノのように、長野から新しい流行を巻き起こそうという気概で演出にもこだわってきました。多い年で3千人を集客。今年は新型コロナ対策で初のオンライン配信としましたが、視聴者は1万1千人を数え、着実に根を張ってきたと手応えを感じています。

 会場では、モデルもお客さまも美容師も、みんなキラキラしています。本物の技や美しさには、そういう力があるのです。
 「はさみ一丁で世界へ」。高校卒業後、そんな夢を抱いて美容業界に飛び込みました。美容師は女性の仕事という見方が強かった時代。両親の反対を押し切り東京の美容学校に入学し、寝る時間も削って腕を磨きました。

 美容師になった私は文字通り、「水を得た魚」でした。24歳で大手美容室の原宿店の店長に。トイレを我慢し、ぼうこう炎になるほど仕事に打ち込み、売り上げを倍に伸ばしました。

 コンクールにも精力的に挑戦しました。パリやロンドンなど最先端のモードを発信する街で開かれる大会やヘアショーに、日本代表として出場しました。

 外国で仕事をするという夢がかない、「自分の店を持ちたい」と思ったとき、さまざまな事情から導かれるように長野に帰郷。南千歳に1号店「SALON d’ALPHA(サロン・ドゥ・アルファ)」を出店しました。

 苦労もありましたが経営は軌道に乗り、自分を育ててくれた原点、原宿に近い表参道にも店を出しました。地方の美容室が都会の大激戦区に出店することは異例だったこともあり、注目を集めました。

 「ALPHA」は拡大期には表参道・三軒茶屋・吉祥寺の東京3店舗を含む10店舗、110人強のスタッフを抱え、月に5千人のお客さまに来店していただくまで大きくなりました。

 経営と両輪で力を注いだのは、確かな技術を持った美容師を育てることです。店独自にヘアショーやカットコンテストを開き、海外研修や独立支援制度確立など、社員(美容師)のやる気を引き出すため知恵を絞りました。

 私の店から独立した美容師は80人を超えます。腕があり顧客も多い美容師が抜けることは正直、心情的にも経営的にもきつかった。特に11年の東日本大震災の影響などで東京からの撤退を決めた頃は借金もあり、心身共に追い詰められました。

 立ち直ることができたのは、家族・スタッフの支えと聖書の教え。そして、「人を育てたい、人が育つ環境をつくりたい。そう思ってやってきた俺は何も間違っていなかった」という思いでした。

 社員の独立は新たなライバル店の登場を意味します。しかし、元社員が多くのお客さまに支持される店をつくり、長野の美容界に貢献できている。そのことを誇りに思えるようになりました。

 「美容師になってよかった」。私はいま、心からそう思っています。

(聞き書き・村沢由佳)

2021年9月11日号掲載

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