信州を愛し信州人の考え 理想に寄り添った9年間

前回に続き、中馬清福さんの話です。2005年から14年まで信濃毎日新聞主筆を務めた中馬さんが信毎1面に連載していた「考」の45回目(07年1月1日付)の「なぜ賢人は楽天的なのか 絶望は何も生まない」で、中馬さんは、奈良・興福寺の貫首・多川俊映さんから教わったという「末路晩年、君子、精神百倍すべし」という言葉を紹介しています。中国の古典の「菜根譚」にあり、中馬さんは、その前段も含めて自己流に訳し、「日は暮れてもなお夕映えは輝いているよ。年の暮れでも果実はいい香りを放っているよ。だから諸君よ、晩年だといって落ち込まず、さらに精神を奮い立たせて頑張ろうではないか」と続けています。
「精神百倍」を実行している人として挙げているのが、東京の聖路加国際病院元理事長・日野原重明さんと、上田市出身のジャーナリスト・小宮山量平さんです。日野原さんは105歳、小宮山さんは95歳まで生きました。この2人に共通するのは、人間の営みを長いレンジでとらえ、時には楽天的に、決して絶望しないことである¦と中馬さんは指摘しています。長いスパンで物事を考える¦。胸に落ちる言葉です。
「百年サイクルで考えれば、特段くよくよすることもないんだ」という小宮山さんの言葉を紹介し、「人の努力で歴史が変わるなら、やってみよう。すぐには変わるまいが、子、孫、ひ孫の代になれば変わるかもしれない¦二人はこう言いたいのではないか」とも中馬さんは述べています。
僕も、日本板画院の板院展に出したい作品のテーマを考えると、できれば10年ぐらい、せめて5年は制作を続けたい。
中馬さんは高校卒業後、東京で浪人生活を送っていた時、アルバイト先の出版社で旧臼田町(現佐久市)出身の中国文学者の竹内好さん(1910〜77年)と知り合い、竹内さんが教授を務めていた旧東京都立大に進学し、魯迅をはじめ中国文学を学びます。「考」を読むと、中国に対するしっかりした理解に基づく敬意を感じられます。
朝日新聞に入社後、中馬さんは、生活雑誌「暮しの手帖」創刊者の花森安治さんの研究や、民俗学者の柳田国男さんの資料整理などをしたそうです。それが自分にとっての一番の勉強になったと話していました。僕も高校生の時、諏訪市のいとこの家で暮しの手帖を創刊号から読んだことがあり、歌舞伎の連載など面白い雑誌だなと思っていました。
中馬さんとの話の中で、暮しの手帖の編集部に行ったことがあると聞いて、「ああ、僕もその雑誌をいとこの家で読みました」と、話題になったことがあります。柳田国男全集や竹内さんの本もわが家にあり、中馬さんが勉強になったという人と僕の関心のある人が重なりました。
信州を愛し、信州人の考えや理想に寄り添った中馬主筆の9年間でした。
(聞き書き・吉村英樹)
2026年8月29日号
