忘れられない「打ち水」問題 「急に伸び」目立つように

1955(昭和30)年、通明小学校に入学しました。私の誕生日は3月25日。同じ学年の4月生まれの子どもとはほぼ1年の差があり、体力的なハンディは常に感じていました。運動会のかけっこはいつもビリ。よく途中で転んで泣いてゴールに駆け込んでいました。けんかは負けるので最初からしません。クラスで目立つと厄介なことに巻き込まれたり、面倒なことを任されたりするので、おとなしく振る舞っていました。愛育園で大勢の子どもたちと一緒に生活する中、知らず知らずのうちに「空気を読む」という「処世術」を、子どもながらに身に付けてしまったのかもしれません。
子どもの頃は本を読むことが好きで、グリム童話などをよく読んでいました。父は宮沢賢治が好きで、私は、父が買ってくれた童話「どんぐりと山猫」を一字一句覚えて、何かの機会に披露した覚えがあります。将棋も好きで、放課後、帰りの時間を忘れて対局に夢中になり、先生に怒られたことがありました。
小学5年生の時の家庭科での出来事は忘れられません。先生が「夏に打ち水をするとどうして涼しくなるのか」と質問し、私に当てました。私が答えられずにいると、「こんなことも分からないのか、ばかだな。冷たい水に冷やされた空気が涼しくなるのは当たり前だ」と言われました。私はとっさに「そんなことはあり得ない。水が冷たくてもあれほど広い範囲で空気が冷やされることはない」と、5年生ながら直感しました。ただ、理由を説明できなかったので、悔しかったけれど、その場は黙っていました。
最近、行われた小学校の同窓会で、「みつよちゃん(光世)は、1年生から4年生までは目立っていなかったけれど、5年生になって急に伸びたよね」と言われました。振り返ると、1年生から3年生までの担任の先生はきちょうめん過ぎて少し苦手でした。その後、担任の先生が代わり、自由にやらせてくれるようになったことと、勉強が難しくなったからではないかと思います。暗記中心だった社会などの科目は苦手でしたが、実験や計算をして考えて正解を導き出す理科や算数は難しくなればなるほど楽しくなりました。その同級会では、私は「幹事」に祭り上げられ、同級生に声をかけると20人以上集まり、3次会まで盛り上がるほど、今もいい仲間です。
中学校は通明中学校(現篠ノ井東中学校)に進みました。まず、小学校での「打ち水」の件について、話したいと思います。私は、中学1年生の理科の授業で、液体が気化する際に熱エネルギーを必要とする「気化熱」を習い、当時を思い出し、納得しました。打ち水でまかれた水が気化して大量の大気の熱を奪うから涼しくなるのです。あの先生は何も分かっていなかったんだと今も思っています。
2年生になると私は吹奏楽部に入りました。篤志家がいて、学校に楽器を寄付してくれたのをきっかけに誕生したばかりの部でした。担当楽器は、トランペットをコンパクトにした金管楽器のコルネット。文化祭で演奏したほか、体育祭の表彰式ではトランペットと一緒にファンファーレを吹いたりしました。一度、近くの小学校から吹奏楽部が招待され、子どもたちの前で演奏したこともありました。3年になり受験勉強が本格化してからも続け、結局、秋の文化祭まで続けました。これも子どもの頃、ハーモニカを吹いたり、ピアノを習ったり、音楽が好きだったからかもしれません。どれもものになりませんでしたが…。
勉強は夜の7時から9時までこつこつやり、成績は学年でもトップクラス。全9教科の試験の合計が720点を下回らないように心がけていましたが、中学生になっても目立ちたくない気持ちはまだあり、「ガリ勉」は否定していました。高校は長野高校を受験。手応えはあったので、合格発表のラジオで自分の名前が読み上げられた時も、驚きはありませんでした。
(聞き書き・斉藤茂明)
2026年9月26日掲載
