総合病院に行けば、内科でも「消化器内科」「呼吸器内科」「循環器内科」「血液内科」「神経内科」というふうに、さまざまな科に細分化されていると思います。医療の細分化は、特定の病気を深く掘り下げて診断・治療をする上で大きく貢献してきました。

私自身も消化器内科医として、内視鏡で胃がん、食道がん、大腸がんを切除するという専門性の高い仕事を日々行っています。診療科にかかわらず、医療の細分化の恩恵を受けている人は多いのではないでしょうか。
しかし、医療の細分化のために、一人の人間として全体を捉えることのできる医師が少なくなってしまっているという問題点も出現していると思います。自分が担当する科のことでしか、その患者さんのことを考えない医師も多数いるのです。
例えばこんなエピソードがあります。血便で受診された寝たきりの高齢患者さんを精査したところ、進行大腸がんからの出血であることが分かりました。年齢・全身状態から考えると、手術などの治療適応はなく、余命は数カ月と思われました。この患者さんは以前脳梗塞を起こしたことがあり、脳梗塞再発予防のために血液をさらさらにする抗血栓薬を内服中であったため、かかりつけの医師に大腸がんの状況報告をして抗血栓薬の中止をお願いすると、「抗血栓薬を中止して、脳梗塞になったら誰が責任とるんだ!」といって中止してくれなかったことがありました。
この状態で脳梗塞を予防することにどれほどの意味があるのでしょうか。進行大腸がんがあって、抗血栓薬を飲んでいるのですから、この患者さんは最期まで血便が出続け、高度貧血のため亡くなりました。確かに専門性は大事ですが、専門の臓器のことばかり考えて患者さんの年齢や全身状態を考慮しないのはいかがなものかと思います。
また、総合病院では、どうしてもどの科に当たるか判断のつきづらい患者さんに遭遇することも少なくありません。そして、図らずもさまざまな診療科にたらい回しになってしまうことがあります。私の知人は、病院でいろいろな科をたらい回しされた経験があり、患者からすれば「何科でもいいからとにかく助けてください!って気持ちですよね」と言っていました。私は「その通りだ」と思いました。
「消化器内科ではない」「循環器内科ではない」「外科ではない」とかは医療者側の都合であって、患者さんはただただ助けてほしいのです。しかし、専門ではなく知識もないのに重症の他科の患者さんを診て、患者さんが不利益になるのは良くないと思います。そうでなければ寛容な心で、医師は苦痛に苦しむ患者さんの診療にあたるべきなのでしょう。私は研修医によくこう言います。「〇〇科医である前に、医師であることを忘れるなよ」と。これは私自身も肝に銘じなければいけないフレーズだと思います。
欧米諸国ではこのような細分化した医療への反省から、数十年前から患者さんのありふれた健康問題に幅広く対応できる専門分野である「家庭医療Family Medicine」や「総合診療General Practice」が登場し、その分野でトレーニングを受けた医師たちが、地域医療の担い手として活躍するようになりました。日本でも、他の先進諸国に遅れながらも「総合診療科」という新しい科が大学病院を中心に誕生し、「年齢、性別、臓器を区別せず、心と体の両側面から患者さんの健康を捉え、患者さんのありふれた病気に対応できる」専門医を養成しようという動きが出てきています。
年齢を重ねると、さまざまな病気を合併してくる状況になりがちです。そんな場合に、科を超えて自分のことを把握してくれる「良い家庭医」を見つけることは、健康寿命を延ばす重要な要素になってくるのではないでしょうか。
2023年7月22日号掲載
